こんにちは。ハレラボのひがしさやかです。
ゴールデンウィークが終わりましたね。長い方で10連休ですよね。
ゆっくり休めたでしょうか?
もしくは、たくさん遊べましたか?
私は、秩父の堂平天文台へドライブに行ってきました。
写真は天文台からの関東平野の眺め。
夜は星がとっても綺麗なんだそう★
今年は2年ぶりの外出制限がないGWだったので、羽を伸ばせた方も多かったかもしれませんね。
そんな中、こんな問題を感じていた方もいるかもしれません…
休日になるとエネルギーが切れてしまう
あなたは「休日になると、どっと疲れが出て動けなくなる」ことってないでしょうか。
一方で「休むことに罪悪感があって、のんびり休めない」こと、ありませんか?
休みたいのに、休めない。
この感覚は、相反する心の中の葛藤としてニコイチになっていることが多いんです。
このコラムでは2回に分けて、エネルギー切れを起こす原因と休めない心理、解決に向けてどのようなアプローチができるか一緒に考えていきますね。
こんなお悩みを抱えていませんか
- 外では活動的だが、家では電源が切れたように動けなくなる
- 休日になると体調を崩す
- 休むこと、のんびりすることに罪悪感がある
- 眠りにつきにくい、眠りが浅い
- 何事も完璧にしなければ気がすまない
- 生産性のあることをしていないと「自分には価値がない」と感じる
- 常に焦燥感がある
冒頭で、相反するニコイチの葛藤があると書きましたが、心の声にするとこんな様子かもしれません。
活動パーツさん「頑張れ!働け!学べ!人に価値を提供しないと!」
お休みパーツさん「もう動けないよ〜、休もうよ」
活動パーツさん「ダメだよ!動き続けなきゃ、社会から見捨てられちゃうよ!」
お休みパーツさん「でも体が動かないよー。お休みが必要なんだよ」
活動パーツさん「お前は無価値でダメなやつだな!」
お休みパーツさん「そんなこと言われても動けない……消えちゃいたい」
うつなどで以前のように動けなくなってしまった方の中には、こんな風に、体は休もうとしているのに、心が休まらない方も多いかもしれません。
どちらも切実な叫びのために苦しい葛藤となります。つらいですよね。
日常では、消えちゃいたい…とまではいかなくとも、大なり小なりこういったパターンをくり返していないでしょうか。
〈〈エネルギー全開で活動する〉〉
↓↓↓
〈〈エネルギーがぷつっと切れて動けなくなる〉〉
+(罪悪感も同時にわいてくる)
本来は、活動の合間に、休息の時間をしっかり取れれば、活動の質もあがっていきます。それなのに、ずーっと「活動しなきゃ!」という臨戦体制が続いていて、休もうにも心身が休まらないんですね。
そして、一人になるとどっと疲れが出て倒れるように、動けなくなってしまいます。
これは、常に気持ちが張り詰めていたり、そこまでエネルギーを使わなくてもいいはずの場面で、過剰にエネルギーを使い過ぎているために起こっているのかもしれません。
ここでは、エネルギー切れを起こしてしまう心理的な理由を、大きく二つの要因から考えていきます。
①休めない背景にある「くつろいではいけない」という信念
②過剰なエネルギーの消耗をする、自律神経系のパターン
一つづつみていきましょう。
休めない背景にある「くつろいではいけない」という信念
今回は、一つ目の
①休めない背景にある「くつろいではいけない」という信念
について。
信念とは、幼少期に養育者とのかかわりの中で身に付けた、行動の仕方や考え方、感じ方のこと。特に、「〜してはいけない」という人生をストップさせてしまう信念のことを、交流分析では禁止令と呼びます。
休めない心理の根底には、、、
「くつろいではいけない」
という無意識の信念(禁止令)がひそんでいるかもしれません。
どのような信念なのでしょうか?
「くつろいではいけない」という信念を持っている方は、「休めない」「動き続けなきゃいけない」という感覚の元、
な〜んにもせずに、くつろいで身体をゆるめることに、底知れぬ怖さや抵抗感があることが考えられます。
休んでしまうと、
「私は価値のないだめな人間だ…」と無価値感がわいてきたり、
「何もしてなくてごめんなさい」と罪悪感で消えてしまいたくなることも。
「安心してリラックスすること」そのものに恐怖がある、あるいは「ありのままの自分では価値がない」という自己否定感・無価値感から、脅迫的にがんばりつづけてしまう方が多いように思います。
休むことへの恐怖が根っこにあって、いつも臨戦体制で活動しつづけていないといられない…。休んでいても頭は何かやらなきゃいけないような焦燥感に追われている…。そんな状態です。
「くつろいではいけない」「休んではいけない」その背景
幼少期に養育者との間でこのような体験があるかもしれません
- 家族内に喧嘩や争いが絶えず、いつも緊張状態だった
- 精神的・身体的暴力が当たり前だった
- 休まず働きつづける親の姿を見てきた
- 親が完璧主義だった
- 頑張ってる時、何かができた時だけ認めてもらえた
これは、、、
「頑張る姿を常に見せていないといけなかった」
「頑張ることが家族との絆やつながりとなっている」
「常に臨戦体制でいないと、自分の命を守れなかった」
「条件付きの愛情で育てられた」
そういう環境にあったことが考えられるんですね。
生き延びるための、適応戦略
つまり、「くつろがない」「休まない」「気を抜かない」ことが、自らを守り生き延びるために必要だったということです。
そうしていれば、「身を守れる」「愛される」「認められる」「居場所がある」「家族の一員としてのつながりを感じられる」という感覚につながっていたりします。
本来、子どもは不安や恐怖に直面した時、愛着対象に頼ることで、安心感を得ようとします。ですが、さまざまな理由から、親(養育者)が安心安全の基地としての役割りを果たせない場合、子どもは心の中にある不安や恐怖に折り合いをつけるために、子どもなりの方法を使って、置かれた環境に適応しようとします。
それがここでは、
「くつろいではいけない(代わりに、身体を固めて頑張りつづける)」という適応戦略だった…
ということです。
本当はお母さんにしがみつきたいけど…お母さん忙しそうだから、ひとりで我慢しなくちゃ>< …と、ぎゅーーっと身を固めている感じです。
根本的に「安心して身体をゆるめても大丈夫」という感覚を獲得できないまま、なんとか心の均衡を保つことになりますが、心にある漠然とした不安や恐怖は解消されないまま、常に付き纏うことになってしまうのですね。
だから、どんなに意識的にリラックスしようと思っても、相手の反応が気になったり、怠惰な自分に嫌悪を抱いたり、心の中にいる親から責められるような気持ちになったり、あるいは、ゆるむと同時に攻撃がくるような予感が起こって、無意識に緊張状態が抜けないのです。
そうして、その恐怖に折り合いをつけるために、より「くつろがない」戦略を強化してしまうのです。
適応…が適応的でなくなっていく
けれども、肉体には限界があります。子どもの頃は役に立ったこの方法も、生涯使えるかというとそうではないんですね。
休んでいい時にも体をゆるめることを許せず、ずっと外界に対して臨戦体制でエネルギーを燃やしつづけることになるのだとしたら、、、いつか、体が壊れてしまいますよね。
ある整体師さんがおっしゃるには、身体疲労には段階があって、痛みや疲れを感じられる状態は初期段階で、本当に疲労している人は、痛みや疲れに鈍感になり、そのうちに何も感じなくなるそうです。アドレナリンでハイになって、どこまでもがんばれてしまうとか…。そのために、さらに疲労を悪化させ、身体を壊してしまうそうです。怖いですよね。。
苦しさや頑張ることは、心地よさにすり替わって、感覚を麻痺させてしまうのです。
そういうことが、心にも身体にも起こっていて、ある時突然バーンアウト(燃え尽き)することにつながっていきます。
安心して休むことができないって、とても苦しいことだと思います。
もしも、安心して休息できて、自分の体を労わることができるようになったら…もう少し、人生を気楽に、幸せに、過ごせそうな気がしませんか。
解決には・・・
とはいえ、いきなり「くつろげるようになろう!」としても、そこには恐怖がありますよね。強制的に休もうとすることは、必ずしも、今のあなたにとっては、解決にはならないはずです。
くつろがずに頑張ることは、これまでのあなたを守り支えてくれた生き方でもあります。その生き方も大切にしてくださいね。
頑張る時もあれば
ゆるめる時もある
そんな風に、まずは、選択肢の幅を広げるイメージをしてみるのは、どうでしょうか。
適度に休息を許すことは、パフォーマンスの向上にもつながります。心にも体にも良いことですからね!休むことへのネガティブなイメージに、ポジティブな側面もないか探してみてください。
その上で、、、心理療法の中では、こういったアプローチをしていきます。
●ここまで生き延びてきた自分を労うこと
頑張ってきた自分を最大限、肯定してあげられるといいですよね。気をゆるめられない心細さや恐怖の中で、とても頑張ってきている方が多いはずです。
●思考で自分に起こっていることを把握すること
「くつろいだら、生きていけなくなる」という感覚は、もしかしたら、認知の偏りかもしれない…という視点を持てるといいかもしれないですよね。時には「くつろいでも生きていける」という選択肢があることを知っておいてほしいです。
●心の根っこに、安心感の土台をつくる
くつろげるようになるためには、ここがとても大切です。少しづつ、「安心」の感覚を身体や心で感じられるようにしていくことです。
●信念を身につけた幼い頃の気持ちを癒す
くつろぐことをやめようとすると直面してしまう、過去の恐怖やトラウマ体験に向き合い、癒していくこと。くつろげなかったということは、そこに不安や恐怖が存在しています。閉じ込めてしまった気持ちを、安心感の中で思い出し、表現し、受け止めていくことが癒しになっていきます。
*まとめ*
休めない心理の背景①〜「くつろいではいけない」という信念
「くつろいではいけない」と自らに禁止令を下すことによって、自分を守り生き延びてきた…無意識下の適応戦略です。けれど、大人になっても同じ戦略をつづけることで、返って心身に不調をきたすことになっているのですね。
適度に「休んであげること」が、今後よりよく生きていくための選択肢のひとつとして考えられるかもしれません。その上で、できるアプローチをしていきましょう。
問題に直面することは、決して悪いことではなく、生き方を広げる好機にもなります。
という訳で、長くなりましたが、一つ目の要因のお話でした。
実は、この信念部分だけを扱っても、もう一歩解決しないことがあります。
それは、適応戦略が身体に染み付いているから。そのためのもう一つの視点が、自律神経です。
次回は、②過剰なエネルギーの消耗をする、自律神経系のパターンについてお話ししていきますね。
それでは、前半はここまで!
あなたの心が晴れますように。