「キレイになりたい」が生み出す生きづらさ

こんにちは
リトリーブサイコセラピーで生きづらさを、生きやすさに変えるお手伝いをしています、心理セラピストのひがしさやかです。

毎日の寒暖差が、すごいですね…
ジグザグ気温、って言うんですね。

週末には、またまた大型の台風が近づいています。

異常気象も当たり前になってきて、ふと、夏にみた映画「天気の子」を思い出しました。

もう、映画の中の想像のお話ではなくなってきていますね。

いやいや…怖いですね…

これからの時代に備えるにも、ひとりひとりが自己責任で生きていけるだけの、本来の力を思い出しておきたいよね、と思います。
そして、人に頼る、人と協力して生きる力も。

週末、どうか皆さまお気をつけくださいね。

美への執着が生み出す、生きづらさ

あなたは
「キレイでいなくちゃ、」
「可愛くなければ、」

そんな思いから、苦しくなることはないですか?

  • 容姿にコンプレックスがある
  • 美容に過剰に気を使っている
  • 誰かと自分の容姿を比較して、優劣をつけてしまう
  • 美容整形に依存している
  • キレイな人を見ると惨めな気持ちになる
  • 人が他人の容姿を褒めていると、ザワザワする
  • キレイな人を見ると嫉妬心がわく
  • 完ぺきな「美」を求めている
  • 厳しい自己管理、健康管理をしている

「キレイでありたい」
「可愛くありたい」

多かれ少なかれ、誰しもが持ってると思います。

今日は、そのことで、生きるのが苦しくなってしまった、レイコさんのケースをみていきます。

〈レイコさん(仮名)の場合〉

高校時代は、わたし、ジミで友だちがいないタイプでした。
自分が好きじゃなかった。

クラスの中心にいる可愛い女子を見ながら
私は、ああはなれない…
って諦めてました。

でも、このままじゃ嫌だと思って!
大学に入ってメイクやファッションをがんばったんです。

そしたら…

男女問わず
「キレイだね」
「かわいいね」
「友だちになりたい」
って…モテ期がきちゃいまして…。

容姿を褒められるたび

「ここにいていいよ」って
承認してもらえるみたいで

ぐ〜んと!自信が持てるようになりました。

でも…

周囲のあまりの変化に
「キレイにしていないと
誰からも見向きもされないんじゃないか…」
と、怖くなってきて。

強迫的に、メイクやファッションに
気をつかうようになりました。

メイクをしないで出かけるなんてもってのほか。
常におしゃれをしていないとって
投資額もハンパないんです…。

今は、美容整形も考えてて…

最近はそんなことで頭がいっぱいで、苦しいです。

女性なら、キレイやかわいいと言われるのは
誰だって嬉しいもの。

キレイにすること
おしゃれをすることって
人生の楽しみの一つだと
私も思っています。

でもこれが楽しみや喜びを超えて
苦しみとなってしまってるとしたら…
ツライですよね。

強迫的に美醜に執着してしまうのは
私は苦しいことだと思います。

なぜなら、私自身、容姿に
コンプレックスを抱いていて
それが長年悩みのタネになっていたから。

その苦しさは、根っこの問題を見ない限り
永遠につづくだろうと思います。

では、レイコさんの
「キレイにしてないといけない!」
という恐怖心の根っこは
一体どこからきているのでしょうか?

美への執着は、〇〇への果てしない渇き

きっとレイコさんは
自分が努力して「キレイ」になったことで
人から「愛される」という経験をしたんですよね。

キレイにならなくちゃ!
と執着して苦しい時、

キレイになることで
どうなることを望んでいるのか?


まずそこを解いていくことが重要です。

キレイになったら…

・気持ちがうるおう?
・憧れの誰かのようになれる?
・好きな男性に振り向いてもらえる?

レイコさんの場合はこちらでした

・存在価値を認めてもらえる
・関心を持ってもらえる
・人に愛される


そうなんです。

誰もが「キレイ」「可愛い」と感じるというのは、第一印象で即座に、人の興味や関心を得られることなんです。

・・・・・・・・・

人って言葉を交わして、時間を共有し、その人の人となりを知って、ようやく信頼関係やその人への好意を抱くようになります。

一方、目で入ってくる容貌の印象は、相手をいち早く判断するインスタントな情報になりえます。

よい印象であれば、いい人だろうと想像し
悪い印象であれば、悪い人だろうと想像します

美しければ相手の中に、よい面を見やすくなります。

・・・・・・・・・

「キレイ」や「可愛い」という賞賛は、ある人にとっては、(容姿という条件は除いて)無条件に手に入れられる、特別な承認や愛や存在価値になりやすいのです。

そして、 その感覚が心地よくて、中毒的に追い求めてしまう。

その根っこは 【愛情への、果てしない渇き】 です。

人は誰もが幼児期に

「自分だけ特別に愛されたい」
「特別な存在として扱って欲しい」


という欲求を持って生まれてきます。

でもこの欲求が自分が思うように満たされなかった場合、

自分はいてもいなくてもいい
自分は愛されない
自分はダメ


という存在への否定、孤独感、自己否定感、不安感を持ちやすくなります。

そう、これが愛情への渇きを生み出します。

例えば、このような経験が考えられます。

・幼少期に親との間で温もり・愛情を与えられなかった
・愛情を求めても拒絶された
・親が精神的に不安定だった
・養育者がよく変わった
・片親との離別(離婚や死別)経験がある
・両親が忙しくて子育てに充分に関われなかった
・弟や妹に親の関心を奪われた
・条件付きの愛情で育てられた

・親自身が「キレイ」であることに価値を見出していた
・子どもの容姿を自慢にしていた


親からの無条件の愛や、共感、温もりは「愛着」と言います。

この愛着が得られなければ、今度は、外の社会や自分に付加価値をつけることで「愛着」を得ようとするようになります。

レイコさんの場合は、諦めていました。
でも、一度、「キレイ」になった容貌で得られた興味関心は、欲しかった愛着に近かったはずです。
だから、またその「キレイ」という条件を揃えて、満たされない愛情への渇きを埋めようとしたのだと思います。

人の興味関心を引くものは、容姿以外にもたくさんあります。

・優れた能力
・他人より秀でた何か
・優しさを振るまう
・ひとを褒める
・ひとを笑わせる


愛情を得られなかった人は、愛されるためにたくさんの工夫をして生きていきます。

他人からの賞賛では、埋まらない寂しさ


でもね、枯渇した愛情を価値で埋めようとしても、永遠に満たされません。
他人に求めても、永遠に見捨てられる恐怖はなくなりません。

・このまま老いて、美しさが衰えていくのは、愛されなくなる恐怖との戦いになります。美容整形を繰り返してもなお、満足できない人がたくさんいます。

・少しでも他人の目が、他の美しさに移ってしまったら、見捨てられる恐怖で、安心なんてできません。

・万人に愛される人がいないように、美しさは他人の中の物差しです。他人の価値観に自分の身をあずけていたら、不安定なままです。


枯渇した愛情が根っこに存在する限り、こうして恐怖は永遠になくなりません。

キレイになることで、本当に求めていたのは…


本当に欲しかったのは、大好きな「親」からの無条件の愛情です。

だから、解決するにはまず、小さな頃のその未完了の欲求に気がつくことです。

愛情への果てしない渇きに気がつくこと。

そして、小さな頃の自分の孤独感に向き合うこと。
悲しかった自分に寄り添うこと。
愛情がもらえなかった寒さと恐怖に寄り添うこと。

他人ではなく、まずは自分がありのままの自分に寄り添い、共感すること。
それが本当に欲しかった愛情のひとつです。

そして、自分が無条件に、ありのままの自分を受け入れる練習をしていくことです。

レイコさんのその後…

レイコさんは、自分の中の枯渇した愛情に向き合った結果、キレイにしなきゃいけない!という焦燥感がなくなったそうです。

メイクを落とした自分の顔も、完ぺきではないけど、愛着を感じられるようになりました。

おしゃれにしててもしてなくても、ありのままの自分の価値は揺らがない、その安心感を感じてるそうですよ。

「今」の自分は、ダメだから
「キレイ」にならなきゃいけない!

と言う気持ちは、強い自己否定感からくるものでもあります。

自己肯定感を育てるための1dayセミナーを予定しています。
こちら、ぜひ、参考にしてください!

イベントは終了しました ★

自己肯定感を育てて生きやすくなる
1dayセミナー @東京

日時 :11月30日(土)10時〜17時
受講料:8,800円

★詳細はバナーをクリックしてくださいね↓↓↓

この記事が良かったら、いいねして
最新記事をチェックしてください!

Twitterで