人といるのが苦しいのは、共依存のサイン

こんにちは、生きづらさを〈生きやすさ〉に変えるサポートをしています、
リトリーブサイコセラピー協会公認心理セラピスト ひがしさやか です。

人といると

「苦しい」
「自由にできない」
「相手に合わせないといけない」
「近づくほどに不快」

だからできるだけ、人付き合いを避けたい…

そんな風に感じることってないですか?

もしかしてあなたは、

人との関係をつなぐためには
自分を殺して

相手の支配を受け入れなきゃいけない

と思ってないでしょうか・・・??

解決のためには、どうしたらいいのでしょうか。

人間関係は支配と従属

例えば

〈上司との関係で…〉
上司の指示には完璧に従わなければいけないし、自分の意見は主張してはいけないと感じている

〈友人との関係で…〉
遊びに行く場所は相手に合わせて、自分の希望は控えめにする

〈恋人との関係で…〉
相手の理想の恋人になろうと頑張って、本来の自分らしさを隠してしまう

そんなコミュニケーションをしていませんか?

これはつまりこういうこと。

【自分の意志や欲求や感情を殺して、相手を生かす】

これって、実は…

〈支配と従属〉

の関係に「みずから」入り込んでいる状態なんです。

相手の支配を受け入れていないと
人間関係をつなぎとめることができない

と無意識に感じているかもしれません。

そして、人と対すると、ほぼ反射的に
支配従属の関係の中にスポッと収ってしまう…

でも、自分を「殺す」から、人といるのが苦しいんですよね。

・苦しいから人に近づきたくない
・人といる時に、自分の感情のスイッチを切る
・敢えて明るく振舞って、苦しい気持ちを誤魔化す

なんてことをして、どうにかやり過ごそうとしちゃうんですよね。
どちらにしても、人と対する苦しさはそこにあるまま。。。

でも、ちょっと待って!
支配を受け入れないと、人間関係を保てない
って、本当でしょうか……。

支配従属以外の人間関係、知らないんですけど…

そんなあなたは、支配と従属、上か下か、の人間関係しか知らないかもしれません。

頭では、それ以外の関係があるのはわかるかもしれません。
「対等に向き合う」とか、「平等でいる」とかね。
自分の意見を言って、相手の意見と擦り合せるとかね、
アサーティブなコミュニケーションとか、ありますよね?

でも、ここで、私が言っているのは、「体感覚として」わからないという意味。

例えば…人と向き合った時に、自分を殺さず、主張しようとすると…どんなことが起こりそうでしょう?

目の前に、上司・友人・恋人を想像してみて
「私は〇〇と思う」「私は〇〇したい」と伝えようとしてみてください。

①体は、どんな反応をしてますか?

②伝えたら、そのあと、どんな反応が返ってきそうですか?

③その結果、いつもどうしてますか?

例えば、こんな反応が起こるかもしれません。

①ー喉が詰まる、声が出ない、胸がザワザワする、伝えたい主張がない、自分が空っぽ

②ー相手が怒りそう、主張が潰されそう、相手に伝わらない、無視される、わかってもらえない、攻撃されそう、対立しそう、見捨てられそう、迷惑な顔されそう、陰口を言われそう

③ー黙る、相手に従う、自分が我慢して収める、主張しない、相手の気分に合わせる、相手が機嫌よくいられるように頑張る

こんな風に、

スムーズに主張ができない感じがし→
自分を出すと、関係が壊れそうだな…と恐怖を感じ→
いつも、我慢して相手に従う

そして、関係によっては、自分が支配側に回ることもある。
(支配側になった時は、反論せずに全て受け止めてほしいし、その権利があると感じる)

これが

〈支配従属の人間関係しか知らない〉

という意味。

頭では、それ以外の関係があってもいいと思うけど、体と無意識がそれを知らないんですよね。

体に染み込む支配関係は、親子共依存が由来

無意識に体に馴染んでいる、その支配と従属の人間関係…
その根本は・・・親子関係です。

子どもは最初はなーーーんにもできない無知で無力な存在なので、

親の加護を受けていないと、生きていけない

というのが、まずは当たり前です。

そう、子どもは親に依存しないと生きていけません。
親は子どもを守り、育て、自立できるようにしていかなくてはいけません。

加護と依存の関係です。

私がここで使う「加護」というのは、
子どもの命を守り、自立の力を育て、見守り、必要な時にはまた手を差し伸べ、自分の力で人生を生きていくのをサポートするというイメージ。

本来健全な親子関係ならば、
自立の時がくれば、親の加護から抜けて、依存を脱し
自分の人生を生きていくことはスムーズにいきます。

でも、もしも、親に満たされない気持ちがある場合、

これが支配と依存に姿を変えます。

ごくごく一例ですが、例えばこんな背景が考えられます

  • 親が過保護・過干渉だった
  • 暴力暴言の中で育った
  • しつけが厳しかった
  • 親の可哀想な様子を見て助けなければと思ってきた
  • 父親(家長)に絶対服従だった
  • 親が寂しそうだった(情緒不安定だった)
  • 親がいつもイライラしていた
  • 親の愚痴を聞いたり、心理的なお世話をしてきた

支配というのは、万能感を満たすものです。
親側が満たされていない場合、親は子どもを支配し、自由を奪い、依存させることで、寂しさや無価値観、恐怖や怒りの受け皿にします。

そして、支配を受け入れないと「居場所がないよ、生きていけないよ、見捨てるよ」などのメッセージを無意識に送り、自立の芽を摘み、目の前に縛りつけます。子どもがいないと満たされないから。

子どもは親を先に満たさないと自分の命が守られないので、親の感情を敏感に察知し、満たし安心させようとします。
そして、自由を明け渡し、親に依存し、自分を殺すかわりに、居場所や命の保証をもらいます。

(あくまでも無意識ですが。)

お互いにお互いの存在がないと、いられない…共依存関係です。
ここで子どもが自分の意思を出そうものなら、互いの存在が危うくなる恐怖に晒されます。

この関係が、人と向き合った時に〈反射的に自分を殺す〉コミュニケーションのひな形になってます。
この関係に慣れ親しんできて、この感覚だけが体に深く染みついているんですね。

私って共依存?自分を殺してることに気づいたら

正直…セラピーをしていて
生きづらさを抱える人のほとんどに、共依存の問題が隠れています。
共依存じゃない人っていないんじゃないかと思うくらい。。。

共依存の人は、決まって、自分を殺しています。

だから人と関わりたくないと願う
(うん、すごく辛いですよね・・・)

でも根本解決は

人との関わりを避けることじゃなくて

自分を押し殺さなくても、生きていけるし、
人とつながれると知っていくことです。

親の支配を受け入れないと生きてこられなかった、、、子どもの頃からの体感覚を手放していくことが解決のためには、必要です。

大人になった今は、支配を脱して、自立して生きていけるし、人と対等な関係をつくることもできます。

そういう関係を築きたいと思うのか?
自分を生きたいと思うのか?
人と対した時に自分を殺すことをやめたいのか?
やめた上で、どうしたいのか?

つまり、自分はどうなりたいのか?

向き合った上で、支配関係から降りようと思うと、必ずそこに恐怖心が出てきます。
それは死ぬほどの恐怖です。
だって、子ども時代に生き延びるために身につけた、生存戦略だから。

その恐怖と向き合ってでも、今までの生き方を手放したいと思えるのであれば、解決に足を踏み入れてます。

ちなみに、自分の意思を出しても、崩れない関係ってちゃんと存在します。

私も「そんなもんあるかい」って
思い込んでたんですけどね。
頑なに、自分を殺してきたんですけどね。

そうじゃなかったです^^

自分の意思を出せる関係性って、風通しがいいし、ストレスも溜まりません。
不安も言葉にできるから、ちゃんと安心に変えられるように話し合えます。

私は、本当に楽になりました。

正直にいっておくと、共依存の問題って、根深いです。
一朝一夕で魔法のようには、変化しない。
でも、向き合って一つ一つ紐解いて解決する価値は充分にあるって思ってます。

そして、解決の舵を切れるのは、本人だけなんです。

まとめ

*解決までの4Step*

Step1…今の自分の状態に気づくこと
Step2…恐怖と向き合ってでも、なりたい姿を描くこと
Step3…恐怖と向き合うのは、セラピーでサポートします
Step4…恐怖を手放した先に、新しい感覚を育てていくこと

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